大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行コ)186号 判決 1998年4月21日

静岡県浜松市上西町一一九五番地の三

控訴人

株式会社新容工業所

右代表者代表取締役

福田豊

右訴訟代理人弁護士

三井義廣

静岡県浜松市砂山町二一六番地の六

被控訴人

浜松東税務署長 増井信男

右指定代理人

清野正彦

山岡千秋

寺田弘明

佐藤信吉

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し平成五年六月二九日付けでした次の各処分を取り消す。

(一) 平成元年八月一日から平成二年七月三一日までの課税期間の消費税の更正のうち、課税標準額三億七七七九万三〇〇〇円、納付すべき税額二二六万六七〇〇円を超える部分

(二) 平成二年八月一日から平成三年七月三一日までの課税期間の消費税の更正(原判決別紙「本件課税処分等の経緯」別表2中の「審査裁決」欄記載のとおりに一部取り消された後のもの)のうち、課税標準額四億三九五七万四〇〇〇円、納付すべき税額二六三万七四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(右別表2中の「異議決定」欄記載のとおりに一部取り消された後のもの)

(三) 平成三年八月一日から平成四年七月三一日までの課税期間の消費税の更正のうち、課税標準額四億〇九九七万円、納付すべき税額二四五万九八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、次の一項のとおり訂正し、二項のとおり控訴人の当審における主張を付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決五頁一一行目の「本件処分」を「右更正及び過少申告加算税賦課決定」と改める。

2  同六頁四行目の「審査採決」を「審査裁決」と改める。

3  同六頁五行目の「棄却の採決」を「棄却又は一部取消の採決」と改め、同五行目の「これらの処分」を「これらの更正及び過少申告加算税賦課決定」と改める。

4  同一六頁一〇行目の「右支給部品が売買により原告が所有権を取得した」を「売買により控訴人が右支給部品の所有権を取得した」と改め、同一一行目の「本件支給」を「本件部品の支給」と改める。

5  同二三頁三行目の「本件処分」を「本件各更正処分」と改め、同五行目の「審査請求」を「審査採決」と改める。

6  同二八頁二行目の「抗弁2の(二)」を「抗弁2の(三)」と改める。

二  控訴人の当審における主張

1  控訴人の主張は、本件部品の取引は、有償支給という売買の形式がとられているが、その実質は売買ではなく、部品の所有権は移転しないということである。したがって、この場合には、契約の形式と実質を切り離して検討し、採用されている形式を除外してもなお実質的に売買である、あるいは所有権が移転していると認められるかどうかが判断されなければならない。しかるに原判決は、スズキ等三社と控訴人との取引の形式の部分(契約書の条項の文言、帳簿の記載、スズキ等三社が支給部品代金に消費税を加算して請求し、控訴人が完成品代金に消費税を加算して請求していることなど)を認定し、その認定によれば実質は売買であるとしているにすぎない。

この点で重視すべきことは、本件部品はメッキの原材料ではなく、対象物であって、控訴人は単なるメッキ加工業者であり製造物供給業者ではないということである。したがって、メッキ加工の対象となる物は注文主から供給されてメッキ後に再び注文主に戻されることが予定されているものであり、第三者から調達したり、第三者へ売却したりすることは当初から予定されていない。すなわち、メッキ加工の対象物はメッキされるという目的のためだけに控訴人の手元に支給されるのであり、控訴人がこれを使用・収益・処分するために支給されるのではないのであって、これは所有権が移転しないということである。原判決は、消費を予定しない品物の売買は幾らでもあり、支給した部品の自由な処分が契約により制限されるとしても、売買でないとする理由になるとは考えられないとする。しかし、本件部品は、単に消費を予定しないというにとどまるものではなく、メッキの対象物として使用・収益・処分のすべてが全く予定されないまま注文主に返還されるのであり、原判決の指摘は当たらない。また、自由な処分の制限も、単に契約によって行われているのではなく、本件部品の本質に基づくものである。

本件部品の単価については、スズキに関しては、その価格が適正なものであるかどうかは不明である。また、ヤマザキ及びマッキンリーについては、原価割れをした価格である。このような価格を売買価格であるとして、互いに何の疑念も抱かず価格の改定もしようとしない取引は、常識的に見て売買とはいえない。このような価格は到底物の対価とは認められず、損害賠償額の予定としての意味しか持たない。

2  消費税法基本通達五-二-一六(下請先に対する原材料等の支給)は、「有償支給の場合であっても事業者がその支給に係る原材料等を自己の資産として管理しているときは、その原材料等の支給は、資産の譲渡に該当しないことに留意する。」と規定している。

本件において、スズキ等三社は、以下のとおり、支給した部品を「自己の資産として」厳格に管理しているものと認められる。なお、控訴人は、スズキ等三社から支給される金属製部品に電気メッキによる表面処理加工を行っているが、この加工は製造工程の最終段階に当たるので、支給された部品の保管についての控訴人の責任は重大である。

(一) スズキとの購買基本契約書においては、控訴人は、支給材及び貸与品について、善良な管理者の注意をもって保管上及び帳簿上区分して管理し、部品の製造又は加工のためだけに使用するものとし、スズキの承諾を得ない限り、廃却若しくは転用し又は第三者に譲渡してはならないこと、スズキは控訴人に通知して支給材又は貸与品の保管状況、作業状況等を検査するため、控訴人の工場、作業所、事務所等に立ち入ることができることが定められている。

支給される部品にはスズキが作成した受領書・納品書・納入ロット票が付いており、品番・納入指示数・納入場所等が特定されて指示されている。

各月毎のスズキからの支給部品については、スズキが「有償支給材売上明細表」・「検収明細表」を作成して集計している。

部品の単価についても、スズキが「生産用単価マスターリスト」を作成して一方的に決定している。

これらすべての処理はスズキが行うのであり、すべての部品についてスズキが統一した「手配品番」を付けて管理している。

(二) ヤマザキとの取引に関しては取引契約書は作成されていない。しかし、ヤマザキについても、支給部品にはヤマザキが作成した材料支給伝票が付いており、部品番号・部品名・数量等が特定されている。

部品の単価についてはヤマザキが一方的に決定しており、各月毎にヤマザキが支給した部品はヤマザキが総額を集計し、また控訴人が納入した部品についてもヤマザキが集計して、支払案内票として控訴人宛てに送付してくる。

また、ヤマザキは独自に部品の受払いの数量をコンピューターで管理しているし、控訴人からは年二回在庫の報告を求めている。

このように、ヤマザキからの支給部品については、その受払い、数量管理、在庫管理のすべてについて、ヤマザキの管理下にある。

(三) マッキンリーとの取引に関しても取引契約書は作成されていない。

支給部品は前工程の加工業者から直接控訴人に納入されるが、これにはマッキンリーが作成した納品書が付いており、品目番号・品目名称・指定数量・納入指定期限・納入場所等が特定されている。

部品の単価はマッキンリーが一方的に決定し、支給部品・納入部品の各月毎の価額集計もマッキンリーが行っている。

また、マッキンリーも独自に部品の受払いの数量計算をして在庫の帳簿記載を行い、控訴人からは毎月一回在庫管理表を提出させている。

このように、マッキンリーについても、支給部品について、その受払い、数量管理、在庫管理のすべてがマッキンリーの管理下にある。

なお、前記通達に関する解説欄では、「自己の資産として管理している」例として、「仮払金又は未収金とする経理その他を通じて……自己の資産としての受払い、数量管理等をしているとき」を挙げているが、有償支給という形式を選択した以上は事業者は帳簿上の経理処理においてはあくまで売買という形式を貫かなければならないのであるから、支給材の対価を「仮払金又は未収金」などとして処理することはありえない。原判決が、スズキ等三社が、支給済みで未だ完成品の納入がない部品については決算の在庫に計上することがないと認定している点についても同様のことがいえる。すなわち、売買という形式を貫く以上は、控訴人の元にある部品について経理処理上においてスズキ等三社の在庫に計上することなどできるはずがないのであって、このような経理処理の形式をもって管理の実態を判定する根拠とすることはできない。

また、右通達の解説欄では、「支給原材料の品質管理や効率的使用等の観点から、形式的に有償支給の形態を採るものの、原価による支給であり、当該支給原材料の受払い、数量管理等を行っている場合」を挙げており、この場合も「自己の資産として管理している」場合に当たるとするものと解されるが、本件はまさにこの例に挙げられた状況と合致するものであり、形式にとらわれることなく、その実態により判断すれば、本件部品の支給は資産の譲渡に該当しない。

第三証拠

証拠の関係は、原審記録中の証拠目録に記載のとおりである。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、次の二項において訂正し、三項において控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

二  原判決の訂正

1  原判決三二頁五行目の「抗弁2の(二)」を「抗弁2の(三)」と改める。

2  同四四頁一行目の「原告本人尋問の結果」を「控訴人代表者本人尋問の結果」と改める。

三  控訴人の当審における主張に対する判断

1  控訴人の主張1について

控訴人は、本件部品の取引の形式は売買であるが、その実質は売買ではなく、部品の所有権は移転しないから、契約の形式と実質を切り離して検討し、採用されている形式を除外してもなお実質的にも売買である、あるいは所有権が移転していると認められるかどうかが判断されなければならないと主張する。

しかし、通常は、形式は実質を反映するものであって、両社は不即不離の関係にあるから、売買の形式がとられているということは、特段の事情のない限り、当該取引が売買であることを意味するものというべきである。したがって、控訴人のいう形式であっても、これを全く無視することはできないのであって、原判決が、その認定する以下の事実、すなわち、部品の取引に関する契約書の文言、スズキ等三社が完成品の納入のない部品については決算の在庫に計上していないこと、スズキ等三社が控訴人に対し支給部品代金に消費税を加算して請求し、控訴人が完成品代金に消費税を加算してスズキ等三社に請求していることを含めて、部品の取引が売買に当たるかどうかを判断していることは、相当というべきである。

控訴人は、本件部品はメッキ加工の対象物であって、注文主から供給されてメッキ後に再び注文主に戻されることが予定されており、控訴人がこれを使用・収益・処分することは全く予定されていないことを重視すべきであると主張する。しかし、本件部品の取引がこのような形態のものであるからといって、その取引が売買ではありえないとはいえない。必ずしも売買という法的形式を採用しなくともその目的を達することができるといいうるにすぎない。

また、控訴人は、本件における部品の単価は、対価とは認められず、その取引は売買とはいえないと主張する。しかし、対価が客観的な時価相当額でなければ売買とはいえないということはないのであって、何らかの事情によりこれと異なる代金額が定められることはしばしばみられるところである。本件において、ヤマザキ及びマッキンリーから支給される部品の単価は、製造原価を下回っているが、これは、原判決の認定するとおり、支給部品の単価は主として部品の紛失等の事故があった場合に加工業者が負担する損失の基準としての意味を有するにすぎないものであり、しかも事故はほとんどないことによるものである。したがって、部品の単価がこのように定められているからといって、直ちにその取引が売買ではないということはできない。

2  控訴人の主張2について

控訴人は、スズキ等三社は控訴人に支給した部品を「自己の資産として」管理していると主張するので検討する。

(一)  スズキについて

乙第六号証の一によれば、控訴人とスズキとの間の購買基本契約書には控訴人主張のような条項があることが認められるが、スズキが、支給する部品の所有権がスズキに留保されていようがいまいが、控訴人によるメッキ加工の品質が適正に保たれるような方策を講ずること、具体的には、支給材の保管状況、メッキ加工の作業状況等が適切に行われることを担保するために、立ち入り検査等をすることは当然であるから、このような条項があることは、必ずしも支給される部品の所有権が控訴人に移転せず、スズキがこれを自己の資産として管理していることを意味するものではない。支給した部品の廃却、転用、譲渡等を禁止する条項も、むしろ控訴人に所有権が移転するからこそ、このような行為を禁止する条項が必要になるというべきである。

乙第三号証の別紙1、2によれば、スズキから納入される部品には受領書・納品書・納入ロツト票が付いており、品番・納入指示数・納入場所等が記載されていることが認められるが、控訴人は支給された部品にメッキ加工をした上でスズキに納入するのであるから、スズキによるこのような事項についての指示があることは当然であって、この事実はスズキが支給した部品を自己の資産として管理していることを裏付けるものではない。

乙第三号証の別紙3及び第七号証の三によれば、スズキは、毎月、「有償支給材料売上明細表」及び「検収明細表」を作成して毎月の支給材料及び検収品の明細を集計していること、部品にはスズキが「手配品番」を付していることが認められるが、このような集計や品番による特定は部品を売却して所有権を移転した場合にも必要になるのであって、この事実は何らスズキが控訴人に支給した部品を自己の資産として管理していることを示すものではない。

部品の単価をスズキが一方的に決定しているという点も、スズキが部品を自己の資産として管理していることの証左ということはできない(売買であっても、契約当事者の力関係によっては、事実上、一方当事者の単価に関する決定に相手方が従うということはありうる。)。

(二)  ヤマザキについて

乙第三号証の別紙6によれば、ヤマザキの支給する部品には「材料支給伝票」が付いており、この伝票には部品番号・部品名・数量等が記載されていることが認められる。また、乙第一〇号証によれば、ヤマザキは、毎月、「支払案内票」を作成してその月の控訴人への支払額を通知していることが認められる。しかし、これらの措置は、控訴人に部品を支給し、控訴人に部品のメッキ加工に関する代金を支払う以上は当然のことであって、部品をヤマザキが自己の資産として管理していることを裏付けるものではない。

また、乙第九号証によれば、ヤマザキは、控訴人に支給した原材料の数量とメッキ加工して納入された数量の出入りをコンピューターで管理し、控訴人に残っている数量を管理していること、年二回、控訴人から在庫についての報告を求めていることが認められる。しかし、同号証によれば、前者は、工程管理の必要、すなわち、ヤマザキへの注文主に納期までに納入するために、控訴人の在庫ないし控訴人への支給が必要な数量を知る必要があるからであり、後者は、メッキ加工に失敗し、補修もできない部品の数を知るためであることが認められ、いずれもヤマザキが部品を自己の資産として管理していることを示すものとはいえない。

原審証人山﨑隆は、部品を無償支給にしていた当時とその後有償支給にしてからとは、支給した部品についてのヤマザキの管理の仕方に変化はないと証言しているが、これは管理の方法、内容が同一であるということにすぎず、有償支給であっても「自己の資産として」管理していることを意味するものとはいえない。また、同証人は、部品は控訴人に買ってもらっているが、同時に預かってももらっていると証言しているが、控訴人は支給を受けた部品にメッキ加工をして再度納品するのであるから、ヤマザキ側の素朴な感覚として部品を預けていると認識しているとしても異とするに足りないのであって、この証言は、直ちに自己の資産として管理していることを意味するものとは解されない。

(三)  マッキンリーについて

乙第三号証の別紙9によれば、マッキンリーから控訴人に部品が納入される際に添付されている納品書には、品目番号・品目名称・指定数量・納入指定期限・納入場所等が記載されていることが認められる。また、同号証の別紙11によれば、控訴人はマッキンリーに対し、毎月、支給された部品の在庫を報告していることが認められる。しかし、これらの事実は、直ちにマッキンリーが支給した部品を自己の資産として管理していることを示すものではない。

乙第三号証によれば、部品の単価はマッキンリーが一方的に決定していることが認められるが、この事実が部品をマッキンリーが自己の資産として管理していることを裏付けるものではないことはスズキについて述べたとおりである。

以上のとおり、スズキ等三社は、控訴人に支給した部品を自己の資産として管理しているものと認めることはできない。

なお、消費税法基本通達五-二-一六の解説が、「形式的に有償支給の形態を採るものの、原価による支給であり、当該支給原材料の受払い、数量管理等を行っている場合」をもって直ちに「自己の資産として管理しているとき」に当たるとしているものではなく、この場合は資産の譲渡があったものとして取り扱うかどうかについて疑問が生じるとしているにすぎず、「仮払金又は未収金とする経理その他を通じてその支給に係る原材料を支給する事業者が自己の資産としての受払い、数量管理等をしているとき」に限り「その原材料の有償支給は、資産の譲渡に該当せず、したがって、消費税の課税の対象にはならないのである。」としていることは、乙第一号証の文言自体からして明らかである。控訴人の主張はこれを正解しないものである。

四  よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 筏津順子 裁判官彦坂孝孔は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 矢崎秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例